『みんなの文字対談 ~応用編~』を公開しました。
みんなの文字OpenType Pr6N発売記念
~技術・営業対談:応用編~
基本編ではStdとPr6Nにおける文字数や字形の違いが話題にあがりました。そもそもどうしてそんな違いがあるのか、また実際に文字を切り替えるにはどうしたらいいのか、ちょっと難しい話に入ります。
<1>Adobe-Japan1ってなに?
司会M:さて、あと気になるキーワードはありますか?
杉山:あの、そもそもAdobe-Japan1(アドビジャパンワン)って何?とか、Std(スタンダード)とかPro(プロ)とかよく聞かれるんですよね。
小澤:日本語のデジタルフォントはアドビという会社が積極的に引っ張ってきたんです。もともとOpenTypeの前に日本語のPostScriptフォントとCIDフォントっていうのがあったのですが、その文字のセットをアドビが決めたんです。それをAdobe-Japan1の何番っていうように拡張してきたんですね。
で、Adobe-Japan1は0から今のところ7までありますが、OpenTypeの場合はStdと呼ばれるものはAdobe-Japan1-3ですね。ProはAdobe-Japan1-4、そのあとにPr5っていうのができましたけど、これはPr6への過渡期にできたものなので、他社製品を見渡しても発売された数としてはそれほど多くないです。どの書体もその後のPr6に拡張されているようです。ちなみにAdobe-Japan1っていうのはアドビが決めたものなのですが、これはテクニカルノート、技術資料の5078という番号のPDFで公開されています(注)のでこちらを検索してもらえれば出てきます。そこにCIDxx番にはこんな形の文字のアウトラインというか例示してある字形を入れてくださいとなっています。
(注)技術資料5078.The Adobe-Japan1-6 Character Collection
杉山:Adobe-Japan1というのはアドビがOpenTypeフォントを作る会社向けに開示したフォントの規格ってことですか?
小澤:そうです。あくまで一企業の私的な規格です。
ですから必ずしもそれに従う必要はないわけです。でもご存じの通りアドビはDTP向けのアプリをずっとやってきて、今では業界のデファクトスタンダードと言えるわけなので、各フォントベンダーはこれに従ってフォントを作っているというわけです。
アドビはAdobe-Japan1というCIDと収録する字形の情報のほかにもCMap(シーマップ)も公開しています。CMapというのはグリフとUnicodeの対応テーブルのことです。あと90字形など様々な字体変換する時のテーブルなども公開しています。これらには相当な労力がかかっていて、フォントベンダーとしてはこれに従ってOpenTypeを作りさえすれば、比較的簡単に他社と互換性のあるフォントができるので、結果的にアドビの作った規格がずっとデファクトとしてきているのかなと思います。
司会M:アドビはDTPアプリとOpenType両者の機能を密接に絡めながらバージョンアップを重ねたことが他の追随を許さなかった要因かな。
杉山:ユーザとしてもどこも同じ基準でフォントを作っているからいきなり違うフォントにしたら全然違う文字が出てきたというようなことは無いってことですよね。
小澤:そうですね。
まあ文字なので当然デザインによって多少の揺れはあるかと思いますけど、Adobe-Japan1に沿ったフォントであればフォントを切り替えたときに違う文字になるという事は無いですね。
杉山:あとこれはあまり深掘りしたくないんですけど、僕も含めて多くの人はUnicodeとかCID(シーアイディー)とかPostScript(ポストスクリプト)とかいう言葉が出てくると、もうわかんないってなりますね。
小澤:もうそれはフォントの内側の話ですね。
OpenTypeの中にはいろんな情報が入っていて、例えばフォントメニューに出てくる「みんなの文字ゴシックPr6N R」という名前もフォントの中に入っているし、画面や印刷で出てくる文字の形はCFF(Compact Font Formatの略)という器の中に入っているし、コンピュータの中でのやりとりするUnicodeと文字との対応表も入っているし・・・。えーっと、まあその辺の話をし出すとキリが無くなるのでまた別の機会にお話ししようと思いますけど。
杉山:あとJISとかS-JISとかCFF、Unicodeとかが出てくると嫌になっちゃうけども、システム系というかIT系の人と話しをするとCIDとかよりもS-JISとかIBMなどのホストコードの話がよく出てきますね。あ、Unicodeは出てくるかな。やっぱりCIDとかってシステム系には関係のない話ですかね。
小澤:仕事の内容によりますかね。この前のプリンタメーカーからのお仕事はCIDFontとCMapのカスタマイズの話でしたよね。Windows系のシステムはずっとTrueType標準で来ましたので確かにCIDというのは少ないかもしれません。コード体系としてはUnicode対応以前はS-JISで動いていた時期もあったのでホストコードとS-JIS、あるいはUnicodeを紐付けするような仕事はしばらくの間あったし、今でも引きずっているものもありますね。
<2>突然出てきたNフォント
司会M:さて、話題を変えましょうか。
OpenTypeにはStdやPro、Pr6があって、さらにNが付いたStdN、ProN、Pr6Nがありますね。Nフォントが登場した経緯について話していただけますか?
小澤:えっと、2010年あたりにPr6とPr6NというN付きのフォントが出てきたと思います。アドビ以外ではPr6とPr6Nを出したのはイワタが初めてだったと思います。それでNというのはJIS X 0213の2004年版の字形に対応したフォントのことです。JIS X 0213は2000年に初版が出たあと2004年に改訂したのですが、その際に印刷標準字体のうちの168文字の例示字形が変更されたんですね。例えば「有楽町で逢いましょう」の「逢」ですかね。変更後の2点しんにょうが出るようにしたのがNフォント、StdN、ProN、Pr6Nになります。そうではない90字形の時の1点しんにょうで出るようにしたのがN無しフォントでStd、Pro、Pr6ということになります。Nは印刷標準字体を決めた国語審議会(NLC;National Language Council)のNだったと思います。
杉山:そもそもなんでNフォントが必要になったんですか?
小澤:Windows VISTA(2007年)がOS標準の文字を2004字形に切り替えたんですね。その時にAppleとかアドビもWindowsと同じ2004字形が標準で出るフォントを用意するために、それまであったProとかPr6に加えて2004字形がデフォルトになったOpenTypeとしてProN、Pr6Nを作ったわけです。Pr5NというのがなかったわけではないんですけどもすぐにPr6Nが出たので各フォントベンダーともすぐにPr6Nに対応したわけです。
いずれにしろNフォントというのは普通に文字を入力したときに出てくる文字がJIS2004字形のものということになります。
図. 04字形の書体と90字形の書体
司会M:OS標準のバンドルフォントが同じフォント名で中身が変わるというのが衝撃だったね。そもそもバンドルフォントがバージョンアップしているということすら知られていないかもしれないけど。
<3>90字形と04字形どっちが正しいの?
司会M:一般ユーザの人は「じゃあどっちの文字が正しいの?」ってことになると思いますけど
小澤:一応その辺ずっと気にしてきたつもりですけど、印刷屋さんはともかく、実際にそれらの文字が問題になったことってあまりないように思いますけど。つまりほとんどの人にとってこの違いって実は大きな問題ではなかったように思うのですがどうですかね?
司会M:結局、2004年に変更になった例示字形の168文字ってどれも表外漢字なんだよね。表外漢字というのは、もっと具体的に言うと常用漢字ではない文字のことを言うんだけれども、そもそも常用漢字というのは小中学校の義務教育で習う漢字であって、日常生活で使う文字のこと。だから逆に言うと表外漢字は一般ユーザにとってはあまりなじみが無い印刷業界用の文字なんだよね。
実際に新聞で見つけようとおもったら1面に1文字あるかないかくらい。印刷屋さんは1文字でも変わっちゃったら大問題になるから話題にはするけれども、一般ユーザには実はあまり影響が無いということじゃないかな。
小澤:活字というかフォントの字体字形は、例えば辻のしんにょうとか食偏なんかは話題になりますけど、どうなんですかね。どのくらい問題意識があるのかな?
司会M:その辺って人名になると気にする人が多くなるよね。よく聞くのが新聞のおくやみ欄。読者から新聞社に亡くなった人の名前がFAXで来ると、例え誤字だろうとそのまま作字して出さないとクレームになるらしいよ。やっぱり自分の名前になると気にするケースが多くなるみたいだね。
小澤:そうですね。
僕が住んでるのは葛飾区なんですけど、葛飾区の葛は2004字形で、中が「人」になってる文字が葛飾区が推奨している文字。あちこちに使われている文字を見ると、「あ、これあとから作字したんだな」って思いますね。
図. 葛飾の04字形と90字形。同じコードの文字のため使う書体によって表示される文字が異なる。
杉山:でも90字形で葛(中はヒの文字)を書いて間違いを指摘されたり、怒られたりすることってありますか?
小澤:いやー、そこまでこだわった状況になったことはないのでわからないですけど、駅前の駐輪場に表示されてる文字は作字したっぽい2004字形でした。
杉山:じゃあ葛飾区の葛は特に役所の人にとってはこだわりの強い方の文字だと。
小澤:場面によるのだと思います。まあ僕の苗字は小澤ですけど、簡単な沢で書いても別に気にならないですし。
杉山:祇園とかはどっちなんでしょうね?実はずっと気になってたんですよね。
司会M:祇園も京都だけじゃないよね。確か博多の方にも祇園っていう地名があるんだけど地方によっても違うかもしれないね。確か10年程前に京都の新聞社に書体を納めた時は祇園の祇の字形は示編じゃなくてあえてネ編に変更したなあ。今は示編に戻したかもしれないけど。あと福岡の新聞社に納めた薩摩の薩も文ではなくて立の字に変更した。人名同様、地名もこだわりがあるんだなあと実感したよ。
小澤:そうですね。
図. 薩摩と祇園の04字形と90字形(書体はイワタ新聞明朝体)
司会M:でもさあ、ちょっと話戻るけど、小澤さんの「澤」っていうのは「沢」とはコードが違うでしょ?新字旧字じゃあないよね。
小澤:そうですね。難しい方の「澤」は第2水準ですね。「沢」は第1水準です。
<4>GSUB・GPOSという機能
杉山:いろいろな字形の話が出たところで、字形を切り替えるためのしくみと方法について教えてください。
小澤:はい。OpenTypeフォントには文字のアウトラインやそれに付随するコードが収容されていますけど、それ以外にも別の文字に切り替えたり、文字位置を調整するために様々な情報もあわせて収容されているんです。
例えばアプリケーションは文字切り替えの際にはGSUB(ジーサブ)テーブル、文字位置調整の際にはGPOS(ジーポス)テーブルの情報を見に行きます。そのほかにもたくさんの種類のテーブルがあるんですけど、これらのテーブルを総合してフィーチャーテーブルと言います。
杉山:GSUBとGPOSは何の略ですか?
小澤:GSUBはGlyph SUBstitutionで直訳すると文字置換、GPOSはGlyph POSitioningの略で直訳すると文字位置ということになります。
GSUBもGPOSの中身もさらに文字種や目的ごとに細かく分類されています。
杉山:GSUBやGPOSなどのフィーチャーテーブルの内容がStdとPr6Nに差があるということですね。
小澤:そうです。Stdの方はOpenTypeの機能も多くは実装していません。Pr6Nの方はアドビが出している小塚明朝Pr6Nがありますけど、これに準じたテーブルすなわち機能を実装していますのでだいぶ多くなっています。
えーっとですね、Pr6Nの場合、GSUBという異体字切り替えテーブルの中に32のフィーチャータグが入っています。
杉山:Pr6Nに32種類の切り替え機能があるってことですか?
小澤:そうですね。aalt(すべての異体字)、afrc(分数)、dlig(任意の合字)、jp83(JIS83字形)などですね。32のタグがアドビの小塚明朝と同じだけ入っています。
図.GSUBテーブルに入っているフィーチャータグ
小澤:あと、GPOSの方はプロポーショナルな文字幅に設定する機能を入れています。こちらはStdの方にも入っているのですが、約物(やくもの)などの字送りを全角から半角に切り替えたりする機能もこのGPOSによるものです。
図.GPOSテーブルに入っているフィーチャータグ
杉山:念のため約物について解説していただけますか?あまり一般にはなじみの無い用語だと思うので。
小澤:約物というのは文章をより読みやすくするための記号のことですね。具体的には句読点、カッコ類、疑問符などのものを指します。
<5>2つの異体字切り替え方法 ~GSUBとIVS
小澤:今お話ししたのは主にAdobeCCなどプロ向けのDTPアプリケーションで使える機能なんですが、Pr6Nでは実はWordやメモ帳でも異体字切り替えができます。これらではIVS(注)という機能を使います。普通の文字を入力したあとに異体字を切り替えるためのVSという文字コードを入れることで異体字を表示することが可能になります。IVSを使うと、一応Pr6Nに入っている漢字すべてをWordなどのOffice製品で使えます。ちょっと入力する手順が面倒なんですけど。(注)IVS(Ideographic Variation Sequence)はUnicode5.1から導入された異体字を表現するしくみのこと。Unicodeは当初、類似する文字は統合(包摂)するのが原則だったが、基底文字のUnicodeにVS(Variation Selector)という枝番号を伴うことで異体字が区別できるよう方針転換された。
いずれにしろPr6Nは収容している文字がだいぶ多くなっています。通常の使い方では外字が要らないほどの範囲をサポートしていますので、だいぶ使い勝手が良くなっていると思います。
司会M:今、小澤さんの方からOpenTypeについてだいぶ深掘りしてもらいましたけど、どうですか杉山さん?だいぶ話が専門的になってきましたけど。
杉山:そうですね(笑)。まずStdではWordでJIS2004字形は出せないということですよね。
小澤:そもそもStdは2004字形すべて収容していないんですね。それにIVS機能がないのでWordでは出せません。
杉山:ですよね。Stdは基本的に2004字形は一部しか入っていないし出す機能がない。
でもPr6Nは04字形は出るけど90字形にかえることもできる。Adobe製品ではGSUBかIVSを使って、OfficeではIVSを使うと。
小澤:そうですね。IVSという機能を使って手作業での選択になってしまいますけどできますね。GSUBであればJIS90をメニューから選べば適切な文字が出てきますけど。
司会M:アプリケーションによって90字形の出し方が違うってことだね。
小澤:はい。アプリがどの機能をサポートしているかによりますね。IVSもGSUBもサポートしている場合はどちらを使っても異体字切り替えができるようになります。いずれにしか対応していない場合は、いずれかでしかできないことになるので、アプリケーションの機能によってやり方を選んでいただくことになります。
司会M:具体的に例えば、WordとIllustratorがあった場合、Pr6NでJIS90字形を出すにはどうしたらいいですか?
小澤:WordだったらIVSを使います。
例えば元になる2点しんにょうの「逢」を入力して、その文字の直後にUnicodeでE0100のコードを入力することで切り替えることができます。入力に使うのは、えーっと…。
杉山:文字パレットですよね。
小澤:はい。それで入力することになりますね。どれが90字形に相当するのかは一覧表みたいなものを用意した方がお客さんにはわかりやすくなるのかなと思います。
司会M:一方でアドビの製品、InDesignとかIllustraorだとどうなりますか?
小澤:InDesignとかIllustraorでもIVSは対応しているので同じやり方になります。Wordで作った文字列をコピペすることもできますね。
司会M:それってやったことないけどできるのかな?
小澤:できたと思います。Unicodeの文字列としてコピペできるのであれば基本的にはいけるはずです。(後日確認したらコピペできました)
GSUBを使った切り替えの場合は字形パレットを使います。文字を選択すると異体字が表示されるので、そこからJIS90字形を選べばそれに切り替わります。
図. InDesignの字形パレットを用いた異体字変換
司会M:WordなどOffice系はIVSを使う、Adobe製品はIVSを使う方法とGSUBというか字形パレットを使う方法があるよと。
小澤:DTP系アプリの場合はIVS機能が普及する前にGSUB機能が実装されていたので一般的にはGSUBを使って切り替えることが多いかなと思います。
杉山:先ほどの話の繰り返しになりますけど、Stdにも04字形は一部入っているんですよね。
小澤:全部ではないですが入っています。StdN(注)のフォントを作るときは本来の9354文字に04字形のグリフを140文字ほど追加をしなければいけないので、その分はもともとの方には入っていないということです。(注)StdNはJIS2004字形に対応できるようにしたStdとは別の文字セット。みんなの文字はStdであってStdNではない。
みんなの文字OpenType Pr6N発売記念
~技術・営業対談:雑談編~
難しい機能の話の次は、StdやProなどの文字セットが生まれた経緯、そして「書体」か「フォント」かプロでも間違えやすい用語の話へと続きます。
<1>Adobe-Japan2はどこいった
杉山:あと話戻っちゃいますけど、Adobe-Japan1ですけどAdobe-Japan2ってあるんですかね?
小澤:ありますよ。
杉山:あ、あるんですか?
小澤:ありますよ。Adobe-Japan2-0があります。
2-0はその後Adobe-Japan1に統合されたのでAdobe-Japan2は廃止になりました。
杉山:Adobe-Japan2-0ってどういうやつですか?
小澤:JIS X 0212補助漢字ですね。さっきご案内した5078の資料に書いてあったと思います。5078は2004年に出たあとに2008年版が出てます。
杉山:あとAdobe-Japanというからには、ほかの国の文字セットもあるんじゃないかと当然思うと思うけど。
小澤:ありますよ。Adobe-Korea(韓国)とかAdobe-GB(中国用の簡体字)、Adobe-CNS(台湾などの繁体字)とかありますね。アドビがDTP系で標準になるような各国の文字セットを作ってますね。
<2>Pr6は何と読む?
杉山:そうだったんですね。
あとStdとかProとかありますけど、よくユーザからスタンダードだからStdを買っとけばいいの?って聞かれますね。なんでStdとかProって名前になっているのか。
あとPr6の読み方が「ピーアールロク」なのか「ピーアールシックス」なのか、あと「プロシックスなのか」どう呼べばいいのか?
小澤:えーっと、Ken(注)は「ピーアールシックス」とか「ピーアールシックスエヌ」ですね。(注)Dr. Ken Lunde,元アドビのエンジニアにして東アジア言語の専門家。文字コードやエンコーディングにおける中心的人物。
杉山・司会M:そりゃアメリカ人だからでしょ!(笑)
小澤:ですね。
日本のフォントベンダーの皆さんは「ピーアールロク」とか「ピーアールシックス」だと思いますね。「プロロク」って言う人もいるんですけどこれは社内でちょっと聞いたくらいです。
杉山:まあその表記通りに読めば、「プロロク」とはならないですね。わかればいいですけど。
小澤:僕の周りには技術寄りの人が多いので間違えないように普段から意識されていると思うので、その方たちは「ピーアールロク」か「ピーアールシックス」ですね。「プロロク」とは言わないです。
杉山:まあ「ロク」とか「シックス」と言えば通じますけどね。
司会M:間違えないようにと言えば、昔フロッピーディスクのことをエフデーと言ってたな。年がばれるけど。
<3>StdとProのこと
杉山:OpenTypeはどうしてStdとかProって言うんですか?
小澤:技術資料5078にも記載されているのですが、アドビとしてはAdobe-Japan1-3をOpenTypeとして必要最小限の標準的な文字セット、Adobe-Japan1-4を商業印刷用のプロ向けの文字セットと位置付けています。ですので前者をStd、後者をProと名付けたようですね。
余談ですがAdobe-Japan1-6の開発途中のものはアラビア数字じゃなくてローマ数字を使っていたと思います。「小塚明朝 Pro-VI R」という名前のフォントがあったと思います。
司会M:あったあった。
小澤:ありましたよね。
アドビの技術資料5078の2004年版にはこの「小塚明朝 Pro-VI R」がエンベッドされています。
StdとProのあとに続くものとしては3桁にあわせるためにPr5、Pr6になるわけですが、2004字形に合わせたものがStdN、ProN、Pr5N、Pr6Nになりますね。
司会M:昔、フォントベンダー7社で組んだベンダー会というのがあったんだけど、そこでProよりも大きな文字セットを何て表記しようかって話になってProのo(オー)を数字に見立てて、以降はPr5、6、7・・・としようと。全会一致で決まった経緯がありましたね。
小澤:AppleのMac OS Xにヒラギノを搭載する際に、Adobe-Japan1-4より文字を増やして、これは主に写植系の文字を増やしたと記憶していますが、これをAPGSと言ってApple Publishing Glyph Setの略なんですが、アドビは後にAppleと協議してAPGSを含むProの拡張を行いAdobe-Japan1-5としました。
杉山:Pr6は最新の規格なので、「これで日本人の名前をすべてカバーできますか」って聞かれるんですよ。例えば「渡辺の辺の異体字をすべてをPr6Nで全部出せますか」とか展示会でもよく聞かれます。
小澤:えっと、人名に関しては、国の戸籍システムで使えるかって話になるのですが、これは全部はカバーしていないですね。戸籍統一文字とか住民基本台帳ネットワーク文字をカバーするものとなるとIPAmj明朝(注)とか6万文字をカバーするものが必要になってきてしまう。Adobe-Japan1のメインのターゲットは印刷系、少し広めの商業印刷なんですね。公共機関の戸籍系とはまったく目的が違ってしまう。(注) 経産省が主体となり全国の自治体で管理していた人名漢字を約6万字に整理しフォント化したもの。
杉山:結論としてはPr6Nでも名前にはすべて対応してないということですね。
<4>これって業界用語?いろいろな言葉のはなし
杉山:あとよく聞かれるのが、書体とフォントの違いとかウエイトなのかウェイトなのかという違い。「エ」が大きいか小さいかっていうことです。
小澤:厳密な意味でのフォントってフォントセットという活字用語で文字の集まりのことなんです。今、フォントと言ったらコンピュータ上で使えるフォントデータとかソフトウェアのことを指すのだと思います。
杉山:最近Twitterとかを見てると、手書きの文字のことを指して「この手書きフォントいいね」とか、街中の手書きされた看板の文字のことを「あのフォントいいね」と言ったりするんですよね。
司会M:一般の人は手書きでない文字をとりあえずフォントという言葉で代用している感じだね。
小澤:一般の人からすると「文字=フォント」になってますよね。フォント業界の人からすると「それロゴだよ」とか「それ手書きだよ」となるんですが、普通の人からするとそういうのをフォントって言ったりしますね。書体についても使われる場面で意味が違うのですけど、書道の世界で書体というと行書体とか楷書体とかスタイルそのものの違いってなりますね。でもフォント業界で書体って言うと、ある特定のデザインポリシーを持った文字一式のことを意味すると思います。
杉山:見積もりなんかでは、UDゴシックLで1書体、UDゴシックMを追加して2書体って数えるときがありますけど。
小澤:確かにカウントするときは書体数と言ってウェイトごとに数えるときはありますけど、僕は普段どっちかと言うとファミリーというかウェイトも含んだ形でしゃべることが多いので書体=ファミリーっていう感じですかね。まあ場面によって意味合いが変わりやすい言葉ではありますね。
杉山:僕がお客さんと話しているときに相手はイワタUDゴシックというファミリーを指して1書体、UD丸ゴシック全体を指して1書体って数えることがあるんですよね。それも業界全体としてあいまいな感じになるんですかね。
司会M:例えば「山」という字を説明するとき宙になぞるよね。その時なぞったものが字体だね。その文字には始筆の形状とか線幅なんて概念が無い。中心線というか骨格そのもの。一方でそれを紙とかに書いて具体化したのが字形かな。
杉山:あと「字面(じづら)」とかもフォント業界とその他で若干違うかなと。
小澤:ああ、例えば本とか読んでるときの字面っていうと文字そのものが並んでいることをいいますよね。フォント業界での用語になると全角の四角の中でどれくらいの割合の大きさで文字が作られているかになりますね。
杉山:これ東亜重工フォントについてWebサイトにあげるときに悩んだんですけど。字形と字体だったり。あとグリフ。
小澤:グリフは普通の人は使わない用語ですね。字体は細かな差を許容した文字の表現されたものですかね。字形になると細かな差を表現したもの。グリフはスタイルの違いも区別して図形的にひとつひとつ区別されたものがグリフ。例えば明朝体の「辺」とゴシック体の「辺」は違うグリフと言ったりします。一番大きいのが字体、その中にいくつかの違うバリエーションの字形があって、そこにさらにデザインスタイルの区別もするとグリフになるという感じですかね。
杉山:あとウエイトなのかウェイトなのか。「エ」が大きいのか小さいのかという問題ですけど。業界の人はどっちで発音する人が多いんでしょう?
小澤:キヤノンと書いたってキャノンって発音しますよね。表記と発音は同じとは限らないので。そもそも元は英語なのでどっちでもいいかなと思いますけど。
用語の使い方についてはフォントベンダーで違うかもしれません。これきちんと調べると面白いかもしれない。あとは異体字か異字体かとか。会議でもたまに異字体って言葉を聞きますね。
司会M:あのねー、人によるんだよね。異字体は写研出身の人からよく聞いたなぁ。でも最近社内で異字体って聞かないね。だいたいみんな異体字って言うね。
杉山:うーん、そういえば。
小澤:僕は縦画と横画のことを「たてかく」「よこかく」って言いますけど、デザイン部の方は「じゅうかく」「おうかく」っていいますよね。「じゅうかく」「おうかく」は書道用語なので。あとだいぶ昔にMacのフォントに「細明朝体」ってあったの覚えてます?あれは「ほそみんちょう」じゃなくて「さいみんちょう」なんです。ウェイトの細い太いは普通「ほそ」とか「ふと」っていいますよね。区別することを優先する呼び方を使うっていうことがあると思うのですけど、そういうものなのかなあと。確かに明も朝も音読みで揃えたら「さいみんちょう」ですよね。でも「さいみんちょう」と言うと「それなに?」ってなっちゃう。
司会M:あと新聞社に行くと、ゴシック体のことをゴチック体と言う人がいる。
小澤:あれも英語だからTHをシと発音するかチと発音するかじゃないですか?
司会M:ゴシックって昔「呉竹」と漢字表記していたよね。それをゴチクとかゴチックって読む人がいたからかな。
小澤:ああそうかもしれないですね。たぶんここら辺は下手に書くと突っ込まれる領域なのでちゃんと調べてからでないと書けないですね。突っ込まれポイントたくさんな感じ。
司会M:そうだね。ここら辺でやめておこう。
さあ、だいぶ脱線したけど、だいたい今あげるべき話題というかキーワードに関しては話したような気がするけど。
杉山:とりあえずこれくらいでいいかなと。あとはまた別の機会にフォントにターゲットをあててもっと詳しい話にするとかしたいですね。例えばWordの動きとかフォントの識別の仕方とか取り上げられればいいかなと。
小澤:ちょっと盛りだくさんのところがあったので、僕の方は図版とかを用意します。
司会M:今日のところはここら辺でいいかな?
お二人ともありがとうございました。
お疲れ様でした。
小澤・杉山:お疲れ様でしたー。
***** プロフィール *****
■小澤裕(おざわゆたか)
1990 埼玉県立新座総合技術高等学校 情報技術科 卒業
1995 千葉大学 文学部文学科 卒業
1997-2002 アドビシステムズ株式会社(現 アドビ株式会社)にて日本語書体デザイナーとして勤務
2005-2007 タイププロジェクト(現 タイププロジェクト株式会社)に書体デザイン・エンジニアリング担当として参加
2010- 株式会社イワタ 技術部 勤務(2021年よりテクニカルマネージャー)受賞歴2009年 グッドデザイン フロンティアデザイン賞
自動車用フォント [ドライバーズフォント] (タイププロジェクト参加時の成果)
https://www.g-mark.org/award/describe/35995?token=8DxxTI1fgk
2013年 グッドデザイン賞
フォント [イワタミンゴ]
https://www.g-mark.org/award/describe/43082?token=q592wSoqZI
■杉山陽介(すぎやまようすけ)
2015年イワタ入社
37歳3児の父(高1、中1、小2)
某封筒メーカの営業、電気工事会社を経て現在に至る。
第二営業部所属(2021年より主任)
主に電子機器へのフォントの組込、特注フォント、システムサーバーへのフォント組込案件などを担当。
UCDA認証フォント「みんなの文字」の製品担当。
直近では、東亜重工製フォント『東亜重工』の製品化も担当。